第16話「50メートルが遠い。」
少し、時間をさかのぼる。
7月の歩行訓練の話。
いつからだったのか、はっきり覚えていない。
でも、気づけば自分の足で歩いていた。
それが、なんとも不思議だった。
以前は、50メートルのコースを5周、6周と歩いていた。
250メートル。
300メートル。
それが、自分の足で歩くようになると、一周するだけでへとへとになった。
歩ける距離は、極端に短くなった。
なのに、うれしかった。
後ろから支えてもらっていた。
それまでの歩行訓練では、療法士さんが後ろから身体を支えてくれていた。
それだけではない。
麻痺している右足を前に出すために、療法士さんが自分の足を使って、僕の右足を前へ送り出してくれていた。
自分でも歩こうとしていた。
でも、右足を前に出すことが難しい。
だから、助けてもらっていた。
その状態で、50メートルのコースを何周も歩いていた。
5周。
6周。
距離だけを見れば、結構歩いていたと思う。
ただ、その距離は自分一人の力で歩いたものではなかった。
いつの間にか。
それが、少しずつ変わっていった。
ある日、突然歩けるようになったわけではない。
「今日から自分で歩けます」
なんていう、はっきりした瞬間があったわけでもない。
療法士さんの補助が、少しずつ減っていった。
右足を前に送り出してもらうことも減っていった。
そして、気づけば。
自分で右足を前に出していた。
いつからだろう。
昨日までは、どうだったんだろう。
考えてみても、はっきりしない。
あれだけ動かなかった右足が、自分で前に出ている。
しかも、それがいつの間にか普通になっている。
なんだか、不思議な感覚だった。
もちろん、療法士さんの見守りや支えは必要だった。
一人で安全に歩けるようになったわけではない。
でも、右足を前に出すのは自分だった。
一周でへとへと。
自分の力で右足を前に出すようになると、歩ける距離が一気に短くなった。
以前は5周、6周していた50メートルのコース。
それが、一周でへとへとになる。
たった50メートル。
以前なら、まだ一周目だった。
でも、今はその一周がとにかく遠い。
右足を前に出す。
身体を支える。
バランスを取る。
そして、また右足を前に出す。
一歩一歩が大変だった。
50メートルが、こんなに長いとは思わなかった。
格好悪い歩き方。
歩き方がきれいになったわけでもない。
右足は、まだ思うように上がらない。
だから、右足を外側にぶん回すようにして前へ出す。
歩くのは遅い。
しかも、不安定。
まっすぐ歩いているつもりでも、身体の動きはまだぎこちなかった。
第13話で書いた、自分の歩き方を動画で見て驚いた出来事は、この少し後の話だ。
このころから、すでにそんな歩き方をしていた。
それでも、自分で右足を前に出している。
格好悪くても。
遅くても。
一歩ずつ、自分の力で進んでいた。
それでも、自分の足だ。
病棟での生活は、相変わらず車椅子だった。
トイレに行くときも。
食事に行くときも。
リハビリ室に向かうときも。
移動はすべて車椅子。
生活の中で歩けるようになったわけではない。
歩くのは、リハビリの時間だけだった。
それでも、その時間がうれしかった。
以前は、療法士さんに右足を送り出してもらっていた。
今は、自分で右足を前に出している。
いつからできるようになったのか、今でもよく分からない。
でも、できている。
それが不思議で、うれしかった。
歩ける距離は短くなった。
歩くのも遅い。
不安定で、まだまだ助けが必要だ。
でも、そんなことよりも。
自分で歩いているという感覚が、何ものにも代えがたかった。
以前は、300メートル歩いていた。
今は、50メートルでへとへとになる。
数字だけ見れば、後退したように見える。
でも、違う。
この50メートルは、自分の足で歩いた50メートルだ。
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※このブログは、私自身の脳出血と入院・リハビリの体験を記録したものです。回復の経過や歩行能力には個人差があります。
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