第15話「出ない。」
8月に入ったころ。
気になることが一つ増えた。
便が出ない。
それまでの自分には、ほとんど縁のない話だった。
入院する前は、毎日のように出ていた。
だから、
「最後に出たのはいつだろう」
なんて考えたこともなかった。
便秘は、ほぼ初めての経験だった。
昨日は、何回?
7月20日から、一人でトイレに行けるようになった。
それまでは見守りがついていた。
だから、おそらくトイレに行くたびに、病院側で記録していたのだと思う。
一人で行くようになってから、毎朝、看護師さんに前日のトイレの回数を聞かれるようになった。
「昨日、大は何回?」
「小は?」
人によっては「小水は?」と聞くこともあった。
毎朝聞かれる。
すると、自分でも回数を意識するようになった。
昨日は出た。
今日は出ていない。
もう2日出ていない。
それまで、そんなことを数えたことなんてなかった。
毎日出るのが当たり前だったからだ。
でも、数えるようになって初めて、
「あれ、出てないな」
と気づくようになった。
3日出なかったら。
一度気になり始めると、今度はずっと気になる。
今日も出ない。
明日も出なかったら3日になる。
病院にも相談した。
3日出なかったら、下剤をもらうようになった。
飲めば、だいたい翌日に出る。
でも、それでも出ないことがある。
そのときは下剤を増やす。
すると、その翌日には出る。
今まで毎日当たり前にしていたことなのに、
出る。
出ない。
それだけで、こんなに気持ちが左右されるとは思わなかった。
リハビリ中にきたらどうしよう。
もう一つ、気になることがあった。
下剤を飲んだあとだ。
「リハビリ中に急にお腹が痛くなったらどうしよう」
そんなことを考えるようになった。
今なら、
「すみません。トイレに行きたいです」
と言えばいいだけの話だと思う。
でも、当時はまだ入院して一か月ちょっと。
毎日いろいろな療法士さんとリハビリをしていたけれど、全員と何でも気軽に話せるほど打ち解けていたわけではなかった。
途中でトイレに行きたいと言うのが、なんとなく恥ずかしい。
言いづらい。
歩くこと。
右手を動かすこと。
リハビリに集中したいのに、頭の片隅では、
「お腹、大丈夫かな」
と考えていた。
踏ん張ると、手が硬くなる。
便秘には、もう一つ困ったことがあった。
便を出そうとして踏ん張る。
すると、麻痺している右手が硬くなる。
ただでさえ動かしにくい右手が、ギュッと力が入ったように硬くなる。
トイレが終わったあとには、その手をまたほぐさなければならない。
便が出ない。
頑張って出そうとする。
今度は右手が硬くなる。
一つのことだけでは終わらなかった。
水を飲んだら。
医師や看護師さんからは、水分を取るように言われた。
なるほど。
だったら飲もう。
言われたとおり、意識して水分を取るようにした。
むしろ、少し無理をして飲んでいた。
ところが今度は、トイレが近くなった。
尿が近い。
さっき行ったのに、また行きたい。
便秘で踏ん張るようになった時期と、頻尿が気になるようになった時期も重なっていた。
最終的には、頻尿の薬も処方してもらって飲むようになった。
ただ、便秘や踏ん張ることが頻尿の原因だと医師から言われたわけではない。
自分としては、いろいろなことが同じ時期に重なっていた。
出ない。
出ないから、出したい。
下剤を飲む。
水分も取る。
今度はトイレが近くなる。
踏ん張れば、右手が硬くなる。
入院生活では、一つのことを何とかしようとすると、別の困りごとが出てくることがある。
それまでの自分なら、
便が出る。
ただ、それだけのことだった。
毎日出るのが当たり前だったから、考えたことすらなかった。
でも、当たり前じゃなくなると気づく。
出るって、大事なんだな。
8月。
歩くこと。
右手を動かすこと。
もちろん、それも大事だった。
でも、毎日を普通に過ごすためには、それだけじゃなかった。
便が出る。
トイレに行ける。
そんな当たり前のことも、自分にとっては入院生活の大きな一部になっていた。
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※このブログは、私自身の脳出血と入院・リハビリの体験を記録したものです。症状や排便・排尿の状態、治療や薬の内容には個人差があります。
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