動かない。それでも動かす。|脳出血で右手が動かない片麻痺リハビリ【第5話】
回復期リハビリが始まった
回復期病院でのリハビリが始まった。
自分の中では、目標は決まっていた。
できることなら、以前と同じ生活に戻りたい。
ギターを弾きたい。
ロードバイクに乗りたい。
ゴルフをしたい。
車も運転したい。
そのために、
絶対に治してやる。
そんな気持ちでいた。
でも、その気持ちとはまったく別の感情もあった。
本当に治るのだろうか。
この二つの気持ちが、いつも自分の中で交錯していた。
特に不安だったのが、右手だった。
右腕が動かない。
手首も動かない。
そして、指もまったく動かない。
動かそうと思っても、何も起こらない。
右足も同じように動かなかった。
歩ける気はしても、右手は違った
それでも足については、不思議と少し楽観的だった。
急性期病院では、長下肢装具をつけて歩く練習をしていた。
理学療法士からも、
「足に力を感じるから動くようになる。そのうち歩けるようになる」
と言われていた。
それに、脳卒中になった人がリハビリをして、再び歩けるようになったという話も聞く。
だから、
「足は何とかなるんじゃないか」
と、どこかで思っていた。
もちろん根拠のある自信ではない。
でも、そう思うことができた。
右手については、それがなかった。
何しろ、指一本動かない。
前回、私は最終目標を高く持ちたいと書いた。
でも、その最終目標を考えれば考えるほど、右手が動かないことが重くのしかかってきた。
ギターを弾く。
ロードバイクに乗る。
ゴルフをする。
車を運転する。
どれも右手を使う。
「治ったら、また今まで通りの生活ができるんじゃないか」
心のどこかでは、そんなふうに淡く考えていた。
ところが、目の前にある右手はまったく動かない。
毎日見ているうちに、
「本当に元の生活に戻れるのか」
という不安が少しずつ大きくなっていった。
一人でできない入院生活
回復期病院での生活そのものも、それまでとは大きく変わった。
一人でトイレへ行くこともできない。
入浴は週2回。
一人では入れないので、介助してもらって入る。
それまで普通に一人でやっていたことを、人に手伝ってもらわなければできない。
最初は、それも大変だった。
ただ、不思議なもので、そういう生活には少しずつ慣れていった。
「工夫すれば、そのうち何とか自分でできるようになるんじゃないか」
そう思えることも増えてきた。
でも、右手だけは違った。
工夫すれば何とかなる、とはなかなか思えなかった。
そもそも動かないのだから。
動く右手をイメージする
そんな頃、私はYouTubeで、坂田敦宏さんの動画を見ていた。
坂田さんは脳幹出血を経験し、半身麻痺や言語障害から長いリハビリを続けてきた人だった。
その坂田さんが、身体がまだ思うように動かなかった頃の話をしていた。
手にペットボトルを乗せて、動くところをイメージしていたという。
私はその話が妙に頭に残った。
だったら、自分もやってみよう。
歯磨き粉のチューブを手のひらに
病室にいるとき、私はベッドには寝ず、車椅子に座って過ごしていた。
そこで、右手の手のひらに物を置いた。
ペットボトルではない。
私が選んだのは、歯磨き粉のチューブだった。
手で握るのに、ちょうどいい大きさだったからだ。
右手のひらに歯磨き粉のチューブを乗せる。
そして、自分の右手を見る。
握るところを頭の中でイメージする。
動け。
そう念じる。
でも、動かない。
もう一度、握るところを想像する。
動け。
やっぱり動かない。
それでもやった。
それにどれだけの意味があるのか、私には分からなかった。
ただ、何もしないで待っていることはできなかった。
絶対に治してやる。
でも、本当に治るのか。
大丈夫だと思いたい。
でも、指一本動かない。
そんな気持ちを行ったり来たりしながら、私は車椅子に座って、自分の右手を見ていた。
歯磨き粉のチューブを乗せたまま。
いつか動くかもしれない。
そう思いながら。
まだ、このときは動かなかった。
指一本さえも。
それでも私は毎日、動かない右手に「動け」と念じ続けていた。
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