脳が壊れた日
今現在、入院中なのでどこまで回復するか分からないが、出発点から説明する。
それは5月30日、普通の土曜日の朝のことでした。
朝起きてみたら、声が「あ、う」としか出ないことに気がつきました。一瞬で脳溢血の恐れがあると思い、本当は鏡で、自分の顔が歪んでいるかどうか確認したかったが、まずは連絡しようと娘にLINEをするも、字が打てないので驚いた。脳溢血は、発症にそれなりの時間があると思ったが気づいてすぐ発症なんて。ただなんとか執念で「助けて」とだけ打てて娘にLINEしました。
まだ大学に入学したばかりの女の子に頼るのは本当に申し訳ないと思ったが、家のすぐ近くに住んでて、頼れるの人は彼女しかいなかった(別れた妻と娘は同じ駅の1キロ行かないところに住んでいた)。
さすがに早朝で、娘はすぐに反応がなかったので、119番に電話をしました。一人暮らしだったので、すぐ救急隊に分かるように、玄関に行って電話を掛けた。今はもう、よく移動できたなと思うし、どのように移動したかはわからない。ついでに玄関のドアを開けておくとの発想も残っていた。
でも声が出ないので「あ、う」しか話ない。オペレーターは冷静に「あ、う」の声に対して何分も「どうしました?」「住所はどちらですか?」と質問してくるので、早く電話を逆探知して駆けつけて来て、と思っていたが、いつのまにか救急隊が駆けつけてくれた。事前に戸の鍵は外していたので、救急隊はすぐに入ってこれた。救急との意思疎通は、うんとかはいとか首を振ることで、しゃべれないこと、一人暮らしをしていることなど、なんとか伝わった。
救急隊に搬送されるという時は、どうしても娘と連絡を取りたくて、「あー」とか「うー」とか言っている時もなかなか伝わらず、結局ダメだった。
娘にLINEをして一言「助けて」とだけ送ったので、非常に困惑するだろうし、心配するであろうと思っていた。こんな大事の病気に巻き込んで非常に申し訳ないとも。
でも、私の親の電話番号をスマホから見つけてくれたので、そこから状況が伝わるだろうと期待していた。
とにかく病院に搬送されてから1週間ぐらいは、ほとんど記憶がない。
右半身が全く動かないこと、声が出ないこと、そして意識も朦朧としながら薄い状態が、どれくらいあったかもあやふやである。
唯一はっきりと記憶にあるのが、2日目の昼ぐらいに、私の両親と娘が3人で病院に来てくれたこと。何も話せないので、とにかく両親が話している内容を聞いて、驚きながらも自分の病名(脳出血)と状況をなんとなく把握した。
とにかく娘の顔を見て、ちゃんと伝わったことに安心し、また申し訳なさで50歳にもなって泣いてしまった。
入院から一週間ぐらいで覚えていることはこれぐらい。今の約1ヶ月半ぐらいでも薄いもやに包まれた感覚が頭の中にあるが、発症当時はもっと先が見えない濃い霧がかかっている感じで、スマホは一文字も文字も打てないくらい脳が機能しなかった。また、右半身は全く感覚がなくて動きもしない。入院から1週間後ぐらいに状況が分かるにつれて、自分の脳が壊れてしまったという意識が湧いた。
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