拠り所|脳出血の急性期リハビリ、長下肢装具で歩いた日【第3話】
気づいたときにはリハビリが始まっていた
急性期病院でいつからリハビリが始まったのか、正直なところよく覚えていない。
おそらく、自分の意識がしっかり回復するよりも早い段階から始まっていたのだと思う。
脳出血になってからの最初の数日間は、今振り返ってみても記憶が曖昧なところが多い。
気がついたときには、リハビリが日常の一部になっていた。
リハビリには大きく3種類あった。
足を担当する理学療法士。
手や腕を担当する作業療法士。
そして、言葉などを担当する言語聴覚士。
長下肢装具をつけて病棟を歩く
中でも強烈に覚えているのが、足のリハビリだった。
当時、右足は自分の意思ではまったく動かなかった。
そんな足に「長下肢装具」という、足をかなり広い範囲で固定するごつい装具をつける。
初めて見たときは、
「こんなごついものを履いたら動けるかな」
というのが率直な印象だった。
ところが実際につけてみると、足がしっかり固定される。
自分の力では右足を動かせなくても、理学療法士に後ろから身体を支えてもらい、力を加えてもらうことで足を前へ出すことができた。
そして、その状態で病棟を歩く。
1周。
そして、もう1周。
今考えると、なかなかスパルタだったと思う。
右足がまったく動かない人間を、とにかく歩かせる。
でも、不思議と嫌ではなかった。
むしろ、
「動かない足でも、こうすれば歩く練習ができるんだ」
と思った。
この急性期病院での経験が、その後の回復期病院での本格的な歩行訓練につながっていくことになる。
「そのうち歩けるようになる」
発症から2週間ほど経った頃だった。
私は理学療法士に聞いた。
「この動かない足は、回復して歩けるようになるんですか」
自分にとっては、ものすごく重要な質問だった。
このまま一生歩けないのか。
それとも、もう一度歩けるようになるのか。
自分では右足に力が入っている感覚なんて、まったく分からなかった。
でも、理学療法士から返ってきた言葉は、自分が思っていたものとは違った。
「足に力を感じるから動くようになる。そのうち歩けるようになる」
その言葉は力強かった。
本当に歩けるようになるのかどうか、その時の自分には分からない。
それでも、毎日自分の足を見ている専門家が「歩けるようになる」と言ってくれた。
その言葉を信じてみようと思った。
お先真っ暗だった自分に、初めて一つの拠り所ができたような気がした。
手と言葉のリハビリ
手のリハビリでは、電気を流して刺激することが中心だった。
残念ながら、この急性期病院にいる間に右手が動くところまではいかなかった。
そのため、足のリハビリほど強く記憶には残っていない。
言葉のリハビリは少し違った。
言語聴覚士は、私がこれまで何をしてきたのか、どんなことが好きだったのか、趣味は何なのか、といったことをいろいろ聞いてきた。
そこから昔のことを思い出し、言葉にしていく。
当時の自分には、頭の中で途切れてしまった回路を、会話をしながら少しずつつなぎ直しているような感覚があった。
これは自分にとってかなり有効だったと思う。
家族というもう一つの拠り所
そして、この頃の私にはもう一つ、大きな拠り所ができていた。
娘と、離婚して別々に暮らしていた元妻だった。
娘と入院後最初に会ったのは、入院して2日目だった。
地元の田舎から来ていた父と母と一緒に病院へ来てくれた。
以前書いたが、娘の顔を見た瞬間、私は泣いた。
顔を見ることができて安心した。
それと同時に、
「こんなことになって申し訳ない」
という気持ちもあった。
元妻が来てくれたのは、その翌日か翌々日くらいだったと思う。
娘と二人で病院に来てくれた。
娘が来てくれることはもちろん嬉しかった。
ただ、娘一人では、これからの生活のことまで安心して任せるわけにはいかない。
そこに元妻がいてくれたことで、心からホッとした。
もともと家計などもやっていたので、生活のことをよく分かっている。
以前住んでいた家のことも、
「掃除もやっておくよ」
と、こちらから頼む前に言ってくれた。
病院で寝ている自分には、できないことだらけだった。
必要な物を用意すること。
洗濯をすること。
家のこと。
そんな一つ一つをやってくれる人がいる。
それだけで、ものすごく助かった。
父と母は、発症から3日ほどで地元の田舎へ帰った。
それ以降、病院に来ることはなかった。
だからこそ、娘と元妻が定期的に病院へ来てくれることが、本当にありがたかった。
「自分を心配してくれている人がいる」
そう思えるだけで、安心した。
右手も右足も、まだほとんど動かない。
この先どうなるのかも分からない。
それでも、
「そのうち歩けるようになる」
と言ってくれる人がいる。
病院に会いに来てくれる人がいる。
身の回りのことをやってくれる人がいる。
以前は、お先真っ暗にしか見えなかった。
そこにようやく、掴まっていられるものができた。
それが、この頃の私にとっての「拠り所」だった。
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