第8話「指が動いた。」
右手が動かない。
発症してから、ずっとそうだった。
腕を動かそうとしても、指を曲げようとしても、動かない。
頭の中では、動かしているつもりなのに。
右手は、何も応えてくれなかった。
それでも、動かそうとすることはやめなかった。
まだ動かないの?
6月26日。
回復期病院に転院したとき、主治医からはこんなことを言われていた。
「ここから2、3ヶ月の間に手が動き始めたらいいね」
そんな感じだった。
先生も、特に慌てている様子はなかった。
そうか。
手が動き始めるまでには、まだ時間がかかるんだな。
そう受け止めていた。
ところが、7月10日ごろ。
主治医から、今度はこんな感じで聞かれた。
「まだ動かないの?」
え?
まだ動かないのって……。
この前は、2、3ヶ月の間に動き始めたらいいねって言っていたのに。
先生の言葉が、妙に引っかかった。
もちろん、先生がどういう意図で聞いたのかは分からない。
でも、言われた自分は焦った。
もしかして、もう動き始めていないといけないのか。
このまま動かなかったら、どうなるんだろう。
右足には、少しずつ変化があった。
7月12日には、右足にかすかな感覚があることにも気づいた。
でも、右手は動かない。
毎日、動かそうとしているのに。
焦りだけが、少しずつ大きくなっていた。
今、動いた?
7月14日。
病室で一人、いつものように右手の指を動かそうとしていた。
動け。
指を曲げようと、右手に意識を集中させる。
すると。
指が、動いた。
……ように見えた。
え?
今、動いた?
右手を見つめる。
親指と人差し指が動いたように見えた。
でも、すぐには信じられなかった。
本当に自分の意思で動いたのか。
見間違いではないのか。
ずっと動かなかった右手だ。
そんな簡単に、信じられるわけがなかった。
もう一度、動かしてみる
もう一度、指を動かそうとする。
すると、また動いた。
一度だけではない。
何度か試して、何度か動かせた。
でも、右手はむくんで腫れていた。
もしかしたら、むくみの影響で手が勝手に動いただけなのかもしれない。
自分の意思で動かしたつもりでも、本当にそうなのかは分からなかった。
以前なら、指を動かすことなんて意識もしなかった。
物をつかむ。文字を書く。ギターを弾く。
そんな当たり前のことを、右手はずっとやってくれていた。
それが今は、指が少し動いただけで、本当なのかと疑っている。
動いた。
いや、本当に?
自分で気づいたのに、自分で信じられなかった。
翌日、作業療法士と確かめた
7月15日。
作業療法士とのリハビリで、昨日の指の動きを確認した。
親指と人差し指を、自分の意思で動かそうとする。
そして、確認できた。
自分の意思で、指が動いている。
昨日、病室で見た動きは、ただ手が勝手に動いていたわけではなかった。
作業療法士は、自分のことのように喜んでくれた。
そして、動画を撮っておこうということになった。
指が動く様子を、動画に残した。
昨日は、自分の目で見ても信じられなかった。
でも今日は違う。
一緒に確認してくれた人がいる。
動いた瞬間が、映像にも残っている。
ずっと動かなかった指が、動いた。
ようやく、その事実を受け止められた。
まだ、何もできない。それでも。
指が動いた。
だからといって、右手が使えるようになったわけではない。
物を握れるわけでもない。
文字を書けるわけでもない。
もちろん、ギターを弾くなんて、まだまだ先の話だ。
右手がこれからどこまで動くようになるのかも、分からない。
それでも、7月14日と15日は、自分にとって大きな二日間になった。
7月12日には、右足にかすかな感覚があることに気づいた。
そして今度は、右手の指が動いた。
動かない。
いつ動くんだろう。
そう思い続けていた右手が、ほんの少し応えてくれた。
まだ、何もできない。
それでも。
指が動いた。
それだけで、昨日までとは違う。
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※このブログは、私自身の脳出血とリハビリの体験を記録したものです。症状や回復の経過には個人差があります。
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